TAKEさんの話3
大分を出たいと思っていた。
この狭い町で、本当にたくさんの人に影響を受けた。
ギターも生き方も。
東京に出た友達もいた、大阪にも。
私は、どこでもよかった。
きっともっともっと凄い人がいて、私はもっともっと影響を受ける、ってそう思った。
「町を出る前にコンサートしようよ」ってkimiさんが言って、
今までも何度が一緒にやってもらったTAKEさんと大分「スタジオオーティス」で最後のライブ。
そして、GIGUEの増田さん達も送別会をやってくれたなぁ。
大分の町で飲んで、トキワの前から最終のバスに乗った。
竹町の店を出る時にTAKEさんがバス停まで送ってくれるって言って、私がバスに乗るまで一緒にいてくれた。
いやいや、そんなことは珍しくないって話でしょ?
あのね、
その頃までのTAKEさんって人は、私の感覚から言うと、
「あなたが入ってこれるのはこのラインまでです」みたいなオーラを出していて(爆)
それが私に引かれたラインって言うのが結構遠かったんですよ(笑)
だから、バスの窓から酔っ払ったTAKEさんが手を振ってくれるのを見て、
<TAKEさんと私、この町でずっと頑張ってきたなぁ>なんて胸がいっぱいになった。
もうそれからはTAKEさんとは随分ご無沙汰でした。
TAKEさんは、結婚もしてお子さんも出来て、そうそう。
奥さんはあの頃よくTAKEさんのそばにいた髪の長い女性ではないことも随分後になって知った。
GIGUEの25?周年記念の大きなイベントに呼ばれて大分に戻った。
TAKEさんが可愛い奥さんを紹介してくれて、私は久し振りにTAKEさんと会う。
そのイベントの司会はTAKEさん。
私が何番目かに出て歌った。
少し後にバンドで女性ボーカルが出た時に、TAKEさんが「本日のイベント、初めての女性です!「」と紹介した(><)
<TAKEさーん、私の事、どう見てますかぁ???>
あの頃<ぶんごミュージックレーダー>でよく流れて大分のアマチュアなら誰でも歌える、そんな歌。
横山さんがステージで「ひとりごと」を歌い始めた時、TAKEさんがそばに来て、
「純ちゃん、行こう」って^^
私達は一番前のそでで棒立ちになって「ひとりごと」を聴いた。
私は、ボロボロと涙した。
同じ時代に、同じ歌を聴いて来た私とTAKEさんです。
遠く離れて、何年も会ってはなかったけどね。
・・・そんな思いで、胸が熱くなった。