JUNKOs BLOG [HITORIGOTO]

母の手術
 みなさん、ありがとうございました。
みなさんからのたくさんのメール、そして母も頑張りました^^
どうにか無事に手術が終わりました。

 18日、午後に博多からの特急ソニックに乗り込む。
ツアーの荷物も一緒だから、かなりの量です(><)
別府駅に着くと妹が待っていてくれて、まず病院へ向かう。
妹も仕事を終えて、家の事はあるし明日は手術だし「もうここでいいよ」って言ったのですが、・・・
母の病室に行く途中以前父の時にかなりお世話になった同級生の直が廊下で看護婦さんと立ち話してる。
びっくりして、そして感激だった!
3年ほど前この病院をやめてボランティア活動に励みたいと言い、イギリスへ旅立った。
去年同窓会で会った時は、インドへ行く準備中だと話していた。
そして、今回も来週からのインドに行くのに実家に戻り、
ウチの母の手術を聞いて今、母のところに寄ってくれたそうです。

 「今、おばちゃんに会って来たけどな、また一緒行くわ」そう言って、
もう面会時間の19時を過ぎていたので、待合室に母も来てみんなで腰かけた。
母は、テンションが高く一人で喋って、それに妹が突っ込みを入れて私と直がお腹を抱えて笑う。
「おばちゃん、大丈夫で!この調子なら明日は絶対上手くいくけんな」と直が言った。

 翌朝8時過ぎて妹が迎えに来て病院に向かう。
9時に看護婦さんに連れられて母が手術室に運ばれた。
私たちは家族待合室で、他の手術を受けてる患者さんの家族と静かに名前が呼ばれるのを待った。
予定時間は2時間半から3時間と言う。

 昨年の母のくも膜下の手術を思い出した。
急がなくていいって言うからね、朝福岡を出て昼過ぎて病院に着いた。
家族待合室のドアを開けると、しっかり者の妹が広い待合室にぽつんと一人座っていた。
その姿を見た時に、
そばにいてあげないといけないと思ったの。
遠いから全ては無理だけど、出来る限りは彼女を支えていこうと。
そして7時間半と予定されてた手術が終わって呼ばれたのは10時間後だった。

 「原口さんの家族の方」
そう呼べれたのは予定通り3時間後だった。
主治医の先生の話が始まり、母は予定通り15mmの悪性のガンで、上葉の部分を少し大きく5cm程切ったそうです。
「もう麻酔も覚めて、すぐに病室へ戻られますから、ご家族の方もどうぞ。
出来ることはやりましたので今後の回復を見てまた考えましょう」ということでした。

 病室に母が戻って来た。
切った方を下にして身体を丸めて酸素マスクをつけた母は、不安からか、痛みからか、
私と妹の名前を呼びながら泣いた。
「ここにおるよ」そう言って妹がハンカチを取り出して母の涙を拭いた。

 「母さん、よく頑張ったね」
と言うと弱った声で「あんたたちのお陰やわ」と言う。
「やっとわかったん?その通りで。手術の後はさすがに素直やなぁ」って妹が母に囁いた(笑)

 手術が順調で、思ったより早く母は目を覚まし話も出来たので、
私は安心して病院を出た。
荷物を持って、特急ソニックに乗り込んだ。
明日から関西です。

 みなさん、ご心配をおかけしました。
母の手術は一応今のところは成功で、後は時間がお薬だそうです。
それでも、
今日から結構厳しいリハビリなんだってー(><)

 これからも、時々状況を載せさせて頂きます。
本当にありがとうございました。