年初めの東海・関西
昨年11月までぎっしりとスケジュールが詰まって、
そういう間はなかなか先のツアーを組めないでいる。
12月から1月、2月と気が付けば空いていた。
<もう来月だしライブは無理ね>と思っていた12月、上海のモリシゲさんからメール。
「旧正月が来年は少し早く1月です。
その時期に日本に戻ってツアーをと思いますが、かねてからの希望今回はマルちゃんと帰れそうです、
大分、どうでしょう?」
上海でモリシゲさんのバンドのギターマルちゃんが大分出身で、
いつかモリシゲさんとマルちゃんが一緒に日本に帰れる事があったら、
是非大分でやりたいって話していて、
その時は私がどうにかするよ^^って約束だった。
モリシゲさんの親戚も大分にいて、マルちゃんの同級生も待ってるって話です。
そして、以前から好きだった大塚博堂さんの<博堂村>がいいなぁとモリシゲさんからのメール。
で、博堂村をモリシゲさんとマルちゃんのHIS(人妻を癒すサウンドらしい-笑-)のツアーの中心21日土曜日に持って来て、
翌日曜日はブログ友達のたけちゃんが福岡をやってくれると言う。
「よかったらその時も純子さんゲストでお願いします」だった。
話はどんどん進んで、
モリシゲさんとマルちゃんは19日上海から名古屋入りして岐阜で1本ライブして九州入りの予定で、
「もしよかったら純子さん、岐阜でも出来ませんか?で、九州へとご一緒しませんか」と、
1月は全く諦めてたライブだったのが、こんな甘ーい囁きです(笑)
と言う運びから、
昨年秋の江南に行けないままだったんで、江南を決めた。
ただ、江南「トライク」は<出来たら土曜日が人も集まるで>ってマスターの話だったから、
14日土曜日に決めてもらった。
さて、私は14日名古屋入りして19日木曜日まで、どうしたものか?
<そうだ、いつもツアーでゆっくり出来ない京都のお世話になってるお店に挨拶回りしよう>
と思い、ふと京都は拾得でしばらくやってなかったし、とHPをみると18日が空いている。
早速テリーさんに電話をかけた。
「HPには間に合ってないけど18日はもう決まってるんや、19日ではどう?」
「19日は岐阜に移動しなきゃいけないんで、なら、またの関西の時にお願いします」と言うと、
「ほな18日の人に他に移してもらうから、その日をウチ入れてもらおうか」
なんて、ホント、信じられない言葉で嬉しかった。
おまけに「誰かとやりますか、ソロでいきませんか」とテリーさんが言う(><)
2004年8月大阪の豊中のホールに、私と大分の武さん、長崎のあーさんが武純礼で呼ばれた。
初めての関西。
ドリームボートの淳平に「どっか私、大阪で歌えんかな?」と聞いて、豊中の前日に高槻の「DOVE TAIL」をいれた。
その「DOVE TAIL」に来ていた<勝手にブッキング屋>と名乗る坂田さんと言うコテコテの関西弁丸出しの男性が、
「関西でやるときは、嘘と思うて僕に声かけてみてください。都合良く動きますから(笑)」と言った。
翌年5月、名古屋が3つ決まって間の土曜日がぽっかり空いてしまった時、坂田さんの言葉を思い出して電話をかけた。
記憶では、2ヶ月ない位に迫った頃だった。
「少し時間を下さい」そう言った、後に「この日は京都の拾得でいきますー」と電話。
「ちょっと、京都の拾得って、すごいやん、すごいやん」と方々から連絡が来た。
坂田さんに「ありがとう、拾得なんてすごいねってみんなに言われる」と電話をした。
「だいたいなら半年先まで週末はギッシリ詰まってるお店ですから。
それがこの土曜日が空いていたのはまさに奇跡、すごいのはあなたの運ですよ」と坂田さんが言った。
そして初めての<拾得>の夜。
一緒にいた村さんが、「原口、いつかこの店でソロをやって、そしてその時はお店をいっぱいにしようや」って言った。
そんな遠い昔の事を思い出していた。